友人が教科書選定委員に?

わたしの職業は工業デザイナーだが、なぜか小学校教員の一級免許所持者でもある。
単に教育大学を卒業したからだけなのだが、それゆえに現役教師の友人が幾人かいる。
その中の公立中学校の社会科教師の友人の話。

彼は今年教科書選定委員というものになったそうだが、特に外部に公表しているわけでないのになぜか知らない人から色々働きかけを受けていたそうだ。
知らない人といっても要するに政治家やその他有力者と言われる人々なのだが、扶桑社の教科書を採用するようにとの働きかけ、もっとその行為にふさわしい言葉で言うと圧力をかけられるのだと言う。
友人はとりたててリベラルであるというわけでもなく、件の教科書についてわたしが感想を聞いても「別に悪ない教科書やで。神話の記載がちょっと目立つけどな。」などと述べる人物である。また、我が家にやってきて「エロはないんか、エロは!」とわたしのハードディスクの公開フォルダを探索する人物でもある。

結局扶桑社の教科書を採用するという流れにはならなかったそうだが、今度は扶桑社の教科書が採用できないなら左がかった教科書も採用するな、と再び圧力がかかったそうだ。左がかった教科書などという面白そうな代物があるとは思えないが、センセイ(これは教師という意にあらず。)方に言わすとなんでも大阪書籍の発行する教科書がそれだそうで、教科書選定委員のメンバーはセンセイ方の顔を立てて扶桑社と大阪書籍の教科書の両方を選定候補から外したそうである。

一般販売になった扶桑社の歴史教科書を読んでみたことがあるが、森巣博氏いうところの「オレのチンポコはデカイ!」「オレのチンポコは古い!」と声高に叫んでいる自信喪失したマッチョマンの顔が浮かんできてあまり愉快な気分にはならなかった。
愛国心の高揚を叫ぶ人々の姿がやたらメディアで目立つような昨今だが、そもそも愛国心ってなんなのよ?
わたしは偶然日本というエリアに生まれたが、日本国という”機関”はわたしを居心地悪くすることばっかり言ったりしたりするから、とりあえずいまのところは愛せないな。しかしながらわたしの周りの知人友人や善良な他人、また美しい山河はとても愛している。

愛国心だの義務だの奉仕だの声高に言ってる人々を観察しているととっても面白い。
たとえばこんなことを税金をつかってしゃべり倒してる人々とか。

追記:
わたしが良く訪れる後藤和智さんのブログにこういう記事が載っていた。
俗流若者論ケースファイル30・森岡正宏&杉浦正健&葉梨康弘
ここまで粗雑な思考の持ち主たちがこの国の根幹を定義する憲法の行方を左右するんですよ。こんな人たちが動かす国だもの、若い連中に”愛国心”を持てといってもそら無理やろ。