音楽は誰のためのものか?

デザイン業界では著作権の問題は結構身近な話だ。
といっても、自分のデザインの著作権保護についてよりも、他者への著作権侵害の方が話題になりがちだけど。

少し前の話になるけど、音楽の世界でこんなことが起きた。

ヒートウェイヴというバンドがアルバムをソニーから5枚出したが、現在は全て廃盤になっているのでCDは新盤では入手出来ない。その代わりといってはなんだが、ヒートウェイヴの出したアルバムの内2枚はソニー系列のネット販売システム「mora」から発売されていたのだ。
ヒートウェイヴのメンバーが廃盤アルバムに入っている曲を聴きたいファンのために5枚全てのアルバムを配信して欲しい、とソニーに申し入れ、また「mora」からの配信が不可能ならば「i Tunes music store」からの配信が出来るように契約などの見直しの検討を要望した。
それに対して、ソニーヒートウェイブ側に「i Tunes music store」からの配信は許可しない、全てソニーの方針に従うのであれば「mora」の配信曲を増やす可能性はある、また加えて「送信可能化権を含む一切の権利を当社が保有する」との回答をした。
ヒートウェイヴ側が、文化庁の見解では「送信可能化権」はレコード会社と演奏家双方が等しく保有するはずであり、歩み寄れなければ法的な解決を求めることになるかも知れない、とソニーに申し入れたところ、ソニーヒートウェイヴに連絡することもなく彼らの楽曲の配信を全て停止してしまった。阪神大震災の被災者を励ました「満月の夕」も含めて。

著作権の話が取り上げられるたびに、音楽産業側からは「音楽文化の振興のため」という題目が繰り返される。彼らの言う、「振興」された状態とはどんなものを指しているのだろう?

現在では著作者の没後50年間は遺族等の利益のために著作権が保護されることになっている。ものの話によると、50年後にもわずかにでも利益を生み出す著作物は全体の2%程度らしい。言い換えれば残りの98%は著作権保護法によって50年間塩漬けにされてしまうことになる。
これを70年間に延長しようとする動きがJASRAC等から出ている。(半世紀の独占権っていうのでも三世一身の法とか墾田永代私有法とかを連想して既に釈然とせんのだが...。)米国並みに、ということらしいが、この米国での70年間への延長というのは、不思議なことにディズニーの没後50年直前に法律が改正され施行された露骨な娯楽産業保護法だ。JASRACからはさらに単体ハードディスクからも著作使用料前払い分を徴収しろとか、iPodとパソコンが同期するのが問題だ、とかの声まで出てたりする。彼らが集めた年間1000億の著作使用料はちゃんと各音楽家に正しく分配されているのだろうか?
(ちなみにJASRAC老舗のジャズ喫茶を何件も苦境に陥れている。これも「音楽文化の振興のため」なのか?)

いまわたしの住んでいるこの国では利益の出ない音楽は聴く人の耳元にはなかなか届かないようになっている。テレビやラジオから流れている音楽を買う値段には、音楽を作らない奴らが贅沢をするためのカネが含まれているのだ。

追記:
なんと、19世紀に作曲された「Happy Birthday to You.」の著作権は2030年までAOL/タイムワーナーのものだって!

追記2:
わたし自身は知的財産はその人が亡くなれば全ての人に共有されるべきだと思っている。EFF(電子フロンティア財団)で闘うローレンス・レッシグ教授のオライリー・オープンソースコンベンション基調講演(2002/字幕入り)をどうぞ。もちろんリンクフリーだそうです。