女はすっこんでろ!

なんて書くと関係各方面から袋だたきに遭いそうだけど、映画の話なんです。


 ここんとこ見たくてたまらない映画があって。ロバート・アルドリッチの「北国の帝王」っていう映画なんだけど、DVD化もされておらずたまに市場に出るレンタル落ちビデオも結構いい値段が付くゆえに手が出せずなかなか鑑賞の機会がやってこない。
 どういう映画かと言うと、「どんな列車にもただ乗りしてやる!」浮浪者と「俺の列車にただ乗りする奴は生かしておけねえ!」車掌がただひたすら殴り合うのみ!それもただ乗り浮浪者にはリー・マーヴィン、鬼車掌にはアーネスト・ボーグナインと極めつけに暑苦しく汚らしい配役。素晴らしすぎる!登場人物はほぼ小汚いオッサン二人のみという、熱く煮えたぎる血潮を描きながらも実に心穏やかな映画ではありませんか。


 というのも女性が登場する映画、それも複数の男共の中に女性が一人、というような設定の映画の場合、わたくし気が気でなくなってストーリーを追う余裕が無くなってしまうのだ。「この女、絶対なんかしでかすに違いない!」って。それでもってほぼ予想通りに余計なことをしでかしてくれる。たとえばカップルとひとりもんの男(もちろんカップルの片割れの男と大親友)が出てきたら大概女の行動が誤解を呼び男同士の友情にヒビが入ってしまうことになる。それもちょっと釈明すれば誤解が解ける場面でなぜか沈黙を守ったりするし。その上その誤解のせいで男のどっちかが死んだりするし。さらに死ぬ間際に和解するし。あるいは別の場面では女性の登場人物がヒューマニズムを主張するあまりなぜか善良な脇役が死ななけりゃならんかったり。あーイライラする!


 映画のセオリーにツッコミ入れるのもマヌケだけど、でもこういうイライラした分のカタルシスがない紋切り型の設定ってどうよ?
 はたまた男共の中に女性が一人の設定なのに何も起きなかったらそれはそれで肩すかしを食らったようで腹が立つ。たとえば同じくアルドリッチが監督した「飛べ!フェニックス」って映画、砂漠の真ん中に不時着したオッサン達が壊れた双発機から単発の飛行機を組み立てて脱出を試みるという、これまた暑苦しく汚らしくかつ血潮煮えたぎるすんばらしい作品なのだが、リメイクされた最近作ではなぜか不時着したグループに女性が一人だけ混じってて。極限状態に置かれた男達の中に美女が一人。そんなんどう考えてもこの女をめぐって一悶着あるに決まってますやん。それがいつ起きるかとハラハラして観てたのに結局なにも起きなかったのですよ。せっかく心配したったのに!あーイライラする。


 と書いてはきたけど、そういう映画的な「なんかしでかす迷惑な存在」を自分の知る現実の女性に見たことがなくて。実は映画の中の女性にイライラしてるのではなく、女性を「なんかしでかす迷惑な存在」として十年一日のごとく劇中に配置する男共にイライラしてるのかも。